It's me.

自分の写真
こどもたち、9歳と7歳になりました。
ラベル じぶんと育児 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル じぶんと育児 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2023年3月25日土曜日

ただいま

 ひさしぶりにbloggerへ帰ってきました。 

 息子の卒園式が17日におわり、昨日はむすめの小学校の修了式、これで二年生おしまい。

 といってもむすめは学校に行っていないので我が家は一足先に春休みモードに突入しておりましたが。

 学校へ行きたがらない娘をどうにか説得して行かせていたのを、行かない選択に切り替えて3ヵ月、むすめだけではなく私自身も自分らしく暮らせるようになったようにおもう。

 もちろん、いままでのように自分の時間が持てないとか、むすこまで幼稚園に行きたがらなくなってしまったとか、大変なこともいろいろあるけれど、「むすめのために」と思うとしんどいので、いまはとにかく私自身がひらきなおって自分勝手に生きることを最優先にしている。

 そもそも私自身が、毎日同じ時間に起きて同じ場所へ行くということができないという社会不適合者であるのに、そのうえ毎朝嫌がるむすめに今までずっと「はやく起きて、はやくごはんたべて、はやく準備して!」とおしりを叩いて幼稚園なり学校なりへいかせるのが心底つらかった(幼稚園だって、何度わたしが辞めたいとおもったか...)。お互いにそういうストレスが消えて、子供にとっても私にとってもほんとうに精神衛生上良いことだと思う。

 自分も学校が嫌いだったし、いまの小学校の不自然なほど窮屈なところは否めない、かと言って「学校なんか」というスタンスにもなりたくないので、むすめが行きたいと言ったらまた戻ればいいと思っている。

 むすめは自分のこともよくわかっているし、いやなことをいやと言えるのは素晴らしいことだと思う(私は我慢してストレスをためるタイプ...)、そういう意味では彼女について心配することはとくになく(むしろ学校へ行くプレッシャーで寝る前にシクシク泣いていたときのほうがよっぽど心配だった)、暮らしの中でいろいろなことを学びながら、慣習にとらわれず自分の心地よい生き方を作っていけばいいとおもう。私も見習おう。

 

やっぱり好きな、朝ごはんの風景





。
。


今年の白梅、最初に咲いた一輪


茶の湯にも春



アルバイト先で作ってもらったお弁当♡



玄関に庭の椿をいっぱい






2021年2月19日金曜日

手放したこと/アンドリュー・ワイエス展

もうすぐ6歳になる娘は超優柔不断で、以前スニーカーを買いに行った時も色が決められず1時間くらい悩んで最終的には「決められない」と泣き出すほど。

私も同じく超優柔不断なので気持ちはよくわかる、けれど娘はすでにそんな自分のことをよくわかっていて、ちかごろは買い物に行く前に「決められないからお母さん決めてね」と言うようになった。

これには、えらい!と感心してしまった。

娘が一歩成長した瞬間。


自分のことをよくわかっている人は人生をより豊かにできるとおもう、

ひとつひとつ、ちゃんと自分にあった選択をできるということだから。


私はというと、恥ずかしながらこの歳になってようやく自分というものをわかってきた気がする。心や身体に変調をきたして、どうも知らず知らずのうちに無理をしているらしいと気づき、自分のこころとゆっくり向き合いながら今までやってきたことを色々とやめてみた。

その中のひとつが、人との関わり。

と言っても、誰とも会わないわけではなくて、私がいなくても良い場所にわざわざ行ったり留まったりすることをやめたという方がわかりやすいかもしれない。

実は最近信頼できるママ友の一人に色々とメンタル的な相談をしていた時、ハッとすることを指摘されたのだった。

「うららちゃんは、どこかに所属していたい願望があるのかな?」と、

まさにそれを聞いてハッとした、私は少女時代にクラスの中でわりと過酷な(友人が言うにはかなり過酷らしいが笑)仲間はずれをされていた時期が長くあり、その影響でひとりぼっちになるのがいつも心のどこかで怖かったのだった。

でも本当の私自身は、ひとりが好き。さみしがりやなのに、ひとりがいい。


そういうわけで、つい不安に駆られてずるずるとしがみついていた人間関係をさらりと手放したら、その気持ちのよいこと。

それでも、やっぱりまだ不安に駆られることはある、けれどその不安とも、ゆっくりさよならしていこうとおもう。

不要な物を手放すと同時に、不要な心の重荷も少しずつ手放してゆきたい。



さて先日、お友達のmikiちゃんと多治見の現代陶芸美術館へワイエスを観に行ってきました。

美術と大事な友達とは、積極的に繋がっていたい。

https://drive.google.com/uc?export=view&id=1Rpe_2uGQ-d46V0lvK-cRsifsYOS3uNjC 

ワイエスを観に行ったけど、ミュージアムショップでめちゃかわいい北斎のポストカードを見つけたので購入。


https://drive.google.com/uc?export=view&id=1yd1YB_QemLmKq9ukAPNvjs7aHbo0hhaX

我が家にあるワイエスは「パイ用のブルーベリー(習作)」

2021年2月14日日曜日

仕事と暮らしと

12月から美術モデルへ復帰して思ったことは、

仕事を持つことこそが今の私にとって必要だった、ということだった、

家事や子育てと完全に切り離された世界、自分だけの時間、

新しい人たちとの繋がり。


今入っている仕事は一つの勤務時間が長いので、
幼稚園の早朝預かりから17時過ぎの延長保育までと丸一日子供たちを預けて働くことになる。
保育園では普通かもしれないけれど我が家は幼稚園、通常の保育時間は14時まで。
そのためちょっと不安もあった、子供たちが嫌がったらどうしよう、とか、
いつもより早い時間に幼稚園へ連れて行くなんてできるだろうか、とか、
こんなに長時間預けて幼稚園の先生たちにどんな風に思われるだろうとかいうまったくどうでも良い心配まで。
心配しすぎて、初めての長時間勤務の前日は夢にまでそのことが出てきて眠りながらまで悩む。

蓋を開けてみれば子供たちはすんなり幼稚園へ行き延長保育も目一杯楽しんできて、
心配はすぐ吹き飛んだのだった、
仲良しの友達も毎日17時まで延長保育をしているらしく、たくさん遊べて嬉しかったらしい。

考えてみれば幼稚園の先生たちも働くおかあさんやおとうさん、うちの子供たちと同じ年齢のお子さんを保育園へ預けたりして18時近くまで働いているのだ(実際、年少の息子の担任の先生は、息子と同じ年齢のお子さんがみえる)。

育児の悩みか産後鬱か、ずっといろんな不安に苛まれてきたけれど、
これで一つ解消したのだった。


我が家は夫が多忙のため、私が働くことになると完全に私だけ家事育児にしわ寄せが来ることになるわけだけれど、うまくまとめてやれば専業主婦をやっているよりずっとストレスが少ない。


そして、これを観ると気持ちが軽くなる、という動画を備忘録として貼っておくことにする、ここに出てくる方(『fog linen work』のプレス・広報である、粕谷斗紀(かすや とき)さん)の、
「最低限のところまでやって、できたところまでで良しとする」
「夕飯はとりあえずお味噌汁とお漬物があればいい、あとは仕事帰りにお惣菜を買って来るのもあり」
という、自分を許すためのルールも好きだし、
このYouTubeチャンネルのモーニングルーティンに出てくるほとんどの人が朝一で飲んでいる「お白湯」を飲まず、コーヒーを飲んでいるところも好き、笑
家族そろってご飯を食べるわけでもないし、夫と家事分担をしているということもない、
家族のあり方はそれぞれでいいんだな、と思える。
私は枠にとらわれがちなので。


2020年5月28日木曜日

平穏な五月

まるまる3ヶ月間、ほぼ出かけもしないでひたすら子供たちと一緒に過ごしている、家族なのだから当たり前、のようで、しかし今までの暮らしからはちょっと信じられないような現実。

でもこの3ヶ月で我が家には大きな変化があった。
休園になった3月は本当にしんどくてもはや記憶もないのだけれど、4月になって、なんだか少しだけ余裕が出てきて、さらに5月はもう我が家と思えないほどの平穏な日々がやって来た。
ほんとうに、こんなに穏やかな気持ちでいられるのっていつぶりだろうかと思うほど。
子供たちのかわいさをしみじみと感じられる心の余裕、、、

何が起きてこうなったのかはよくわからないけれど、長女のメンタルが落ち着いたことは確かで、それこそがこの平穏な日々のおとずれにつながっていることも確か。
私の気持ちが落ち着いたから長女も落ち着いたのか、家にずっといられて長女の心が安定したのか(彼女は幼稚園に通って2年、毎朝お別れの時におかあさんと離れたくないと言って泣いていた)、ただ単に5歳になって心が成長したのか。

兎にも角にも、長女に四六時中呼びつけられることもなくなり、さまざまなことへの文句(これが嫌だ、あれが嫌だ)や癇癪もほぼ消え、まだひとりで行けなかったトイレにも行けるようになり、一日中繰り返されていたおもちゃの取り合いによるきょうだい喧嘩もあっけないほどに鎮まった。
それでずーーーっと子供たちだけで遊んでくれているので、私は自分のやりたいこともかなりできて、ようやく普通の生活がおくれているというわけ。
改めて思い返すと、やっぱりとてつもなく大変だった、この3年間は、、、。




そんなわけで、やりたかった掃除をひたすらしています。
PCのキーボードがすごく汚れていたのでアルコールで拭いたら新品のようにきれいになった。買い替えを考えていた自分が恥ずかしいほど、、、

さぁそんなこんなで今週から徐々に登園も始まった。
ようやく二人とも幼稚園に行くので、私も少しずつ自分を取り戻したいと思う。


2020年4月14日火曜日

うぐいすの日記3、イースターとアイスクリームの会

 今年のイースターは12日だそうで、恒例になってきた我が家の「卵探し」ももう何度目か、しかし今年はコロナのおかげでいつも卵を探しに行く義実家ではなく我が家の庭で。

 朝からなんども庭を覗いては「うさぎ、まだ卵産んでないよ」と落ち着かない様子のむすめ。
 昼過ぎになってリビングでトイストーリー2(※)を観ていた子供たちにむかって
「じつはねぇ、、、」とうやうやしく語りかける、この言葉はむすめがよく使う言い方で(たぶん幼稚園の園長先生の口癖だから)、「さっき、うさぎが庭に卵を産んでいきました。」と私の言葉を聞くや否や、あっというまに靴を履いて庭へ飛び出すむすめ。出遅れた息子にもいそいで靴下と靴を履かせて、上着も着せて、籠を持たせる。
 4月なのに空気がつめたく寒い日であった。
 





庭のあちこち探しまわって、「あった!」「あったよー!」と興奮しながら教えてくれる。







 イースター用にと、ドイツ菓子の本に載っていた羊のケーキを焼いてみたものの、型離れが悪く(伝統的な陶器の型だった)、見事に羊の頭がもげて大失敗。
 でもお菓子の本に「たいへん美味しい分量ですから」と書いてあったとおりにとてもおいしいケーキで、特にむすめがよろこんでたくさん食べた。

 卵の中に入っていたお菓子を食べながら、イースターとはキリストの復活祭であるということをごく噛み砕いて子供たちに説明して、我が家の今年のイースターは終わった。



 翌日は朝からずっと雨。時に激しく降り、一瞬止んだかと思えばまたびしょびしょ降ってくる、重たい雨だった。
 外に出られないので、すこし前から密かに計画していた「本物のアイスクリーム屋さんごっこ」を決行することに。
 子供たちには「アイスクリーム屋さんごっこしよう」とだけ伝えておいて、一緒に店員さんのサンバイザーなど作り、エプロンをして、いざ開始という時に本物のアイスクリームの登場。おちびたちにぴったりの小さな小さなコーンも、それにトッピングにはカラースプレーといちごジャム、チョコレートシロップ。
 予想もしていなかった展開に、うまくリアクションできないむすめの様子がなんとも微笑ましかった。子供は正直な生き物だなぁ。
 








 今日ばかりは、アイスクリームたべ放題。
みんなで何度もなんどもおかわりして、お腹いっぱいたべた。
 コーンはぱりぱり、奮発したレディーボーデンはもちろん美味、カラースプレーも子供たちに大人気で買っておいて大正解。

 こうして、この完全に異常な永いながい春休みのなかのちょっと特別な二日間は過ぎたのだった。


※映画トイストーリー2を初めて観たのだけど(そして2以外は観たことがない)、ルーマー・ゴッデンの「人形の家」(訳、瀬田貞二)を強く思い出させる内容だった。
 ハッピーエンドにさせるのは「さすがの」ディズニー、私もハッピーエンドは嫌いではないけれど心を強く動かしゆさぶるのはやはり「人形の家」なのでした。
 と言ってもまったく比べるようなものでもない二作品なのです、ウッディは確かにとてもかっこよかったし。

2020年4月9日木曜日

うぐいすの日記2、よもぎ団子作り

 下の子の入園式を無事に終えたかとおもったら、その日の夕方に翌日からの休園が決まる。
 ふだん、「幼稚園に行きたくない、ずっとおかあさんと一緒がいい!」とばかり言っている上の子が、弟の入園はやはりうれしいらしく日が迫ってくると「もうすぐ入園式だよ!」と何度もなんども弟に語りかけていたのに、ふたり並んで幼稚園に通える日はすこし先の話になってしまった。
 
 3月から突然にながいながい春休みが始まって、毎日毎日どう過ごそうか、朝昼晩こどもたちに何を食べさせようか、おやつはどうしよう、お日さまを浴びさせて運動もさせなければ、、、などと悩んでいるうちに1日がおわり、夜、子供たちと一緒に布団に入ったらそのまま朝まで眠ってしまって、、、という日々が1ヶ月ほど続く。
 そして今月に入りいよいよ外にも出られない、人にも会えない、となってきたけれど、子供たちとずーっと一緒の生活にはようやく慣れてきたような気がする。母親なのに、「子供と一緒の生活に慣れてきた」なんておかしいけれど、同じ気持ちのおかあさんたちは多いのではないかな。
 
 ここ数日でやっと、子供たちを寝かしつけたあと自分だけ起き出してくることができるようになったのは、生活リズムに慣れて、疲れが減ったということなのかもしれない。
 こうしてまたブログも書けるようになった!(最近ずっと家の中の片付けをしていて、PCの場所をリビングに移動してきたことも大きな要因だとは思うけれど。)

 家時間が長いということは、あまりせかせかしなくてもいいという利点もあるわけで、この際のんびり料理をしよう!と腹を据えたらすこし気がらくになった。

 というわけで今日は、子供たちとよもぎ団子づくり。 
先日遊びに来ていた母が子供たちを連れてお散歩へ行って、やわらかないい蓬を摘んできてくれてたので、これはもう、よもぎ団子しかない!とそういうわけで。


 もともとのよもぎの写真がないのだけど、、、
まずはさっと茹でて冷水にとり、細かく切って、すり鉢で潰す。
よもぎの清涼な香りがひろがる!

 よもぎ団子といえば、絵本「ばばばあちゃん」シリーズの『よもぎだんご』しか思い浮かばないほど。
 何度もなんども読んで、なんておいしそうなんだろうと胸をあつく(笑)させていた小学生のわたし。



 めずらしくけんかをせずに仲良く交代でやる子供たち。



 木綿豆腐とよもぎを混ぜてちょっと水も足したら、ハンドブレンダーで混ぜてよもぎの繊維をしっかり切って白玉粉と合わせてよく捏ね、いわゆる「耳たぶ」くらいに整えたら丸くして指でくぼみをつけて、お湯に入れて茹でたら冷水にとる。
 ここまで、飽き性の娘がめずらしく最後までやった。
茹でたての団子を食べてみたら、ほんのりいい香り。



 きな粉をかけて食べたのだけど、青物の苦手な娘が嫌がらないようによもぎの量が控え目だったので香りが負けそうだった、、、次回に生かそう。
次回もあるなら、あんこも炊きたい。


 覚書の配合(目分量で材料を足したりしたのでかなり曖昧な数字です)

よもぎ(生の状態で)お椀1杯ほど 
白玉粉 150g
木綿豆腐 210g〜(基本的に白玉粉の1.4倍)
水 大さじ2くらい?
今回入れ忘れたけれど、お団子の生地を作る時にお砂糖をすこし入れるとお団子のみでも食べやすいです。


あとは先日のんびり作った餃子、70粒くらい作ってホットプレートがぎゅうぎゅうに。


春キャベツ、豚ひき肉、ネギみじん切り、コーン。
子供向きに作ったので、大人はタレに生姜やネギ、鷹の爪などの薬味を加えて。
狙い通り子供たちはモリモリ食べた。



こちらは車麩カツ。あと玉ねぎのくし切りもカツに。おいしかった!




世界は深刻な状況だけれど、子供たちとこんなにも一緒にいる時間を大切に過ごそう。

2020年4月5日日曜日

日記、ことばあつめ

 3月で3歳になった息子はよく喋って意思疎通もかなりしっかりできるのだけど、まだ半分、どこか別の世界に住んでいるみたいで(ちいさなこどもだけが遊べるひみつの世界があるのだろう)、ひと言ひと言が詩のようだったりする。
 溢れた言葉たちを覚えておこうと心の中で何度繰り返しておいてもすぐ忘れるので、聞いたらその場で携帯のメモ帳に保存していて、それがひと月ぶん溜まったのでここへ記しておく。(言葉だけでなく、日記的な記録も少し)


2020.3.5 ふとんに入ったときの息子の言葉。
「よるになると、しゅうちゃん(息子)のからだがつめたくなって、
きんぎょになっちゃうの、
それでね、めがあかなくなっちゃって、ねちゃうの」


2020.3.6 ふたたび息子、朝ごはんを食べながら。
「むかしあかちゃんがきてね、しゅうちゃんのごちそうをもぐもぐたべちゃったの」


2020.3.13母インフル2日目、息子1日目。一緒に入った布団の中で。
息子「みどりのきょうりゅうはね、ポテトザウルスっていうんだよ。
マックでね、ぽてとばっかり食べてるんだよ。」

 また同じ日の別の時間、私が息子に「ご飯いっぱい食べて、元気つけてね」というと、「おかあさんもだよ」と娘(私は吐き気で食事が摂れなくなっていた)。庭で詰んだ花や、お気に入りのおもちゃなどを持って私の寝ている部屋へ何度も見舞いに来てくれる。
 いつもと全く違う様子の母親を見て、何も言わないけれど目だけはまっすぐどこかを見つめて何か感じているらしい。
 しかしそれもほんの一瞬で、あとはいつもどおりおどけたりして元気に遊んでいる。


 夜、娘が寝室へ行く前に父親とふたりで、私と息子が休んでいる部屋をのぞきに来たとき、ついに娘の目から涙があふれる。
 父親に抱きかかえられて寝室へ行ったが、涙がとまらないようすが壁を隔てて聞こえる。
 そのあんまりにも素直な泣き声がなんとも切なく、いますぐに抱きしめに行ってあげたい気持ち。心配なのとさみしいのを我慢して、彼女なりに元気に振舞っていたんだと思うとさらに切ない。


 息子インフル2日目の朝、寝起きに。
「あの、むかしね、しゅうちゃんちにちっちゃいおばけがきてね、しゅうちゃんといっしょにトミカであそんだの。
 こわくなかったよ、やさしいおばけだったよ。」

 インスタで、「モジャ公」(藤子・F・不二雄のそれではない)という名前の謎の生き物を見て、息子「モジャ公はね、くるまなの。モジャ公はむかし、はしってたんだよ。」


2020/03/31
 息子が公園でブランコに乗りながら唐突に、私の新しい白いスニーカーと誕生日に娘が選んでくれた金のファスナーのスプリングコートについて話してきた。
「おかあさん、あたらしいしろいくつ、きてよかったね。きんのチャックのついたふくも、すみれちゃんがかってきてくれてよかったね、かわいいよ、おかあさん。」
 最近やたらに「かわいいよ」と言ってくる息子。上の子の髪留めや服などに対して私がよく「かわいいよ」と言ってるのを聞いていたからなのだろうけど、言われた母はただただ純粋に浮かれる。異性の親子は恋人のようなものだと聞くけれど、最近それがわかるようになってきた。


2020/04/03
 息子。出かけるので車に乗るよう促しても何も言わずに庭の芝生をじっとみているので、なにかいいものあった?と聞いたら、
「うん、あったよ。。。ちょうちょとかさ、、、」間をおいて静かにこたえたが視線の先に蝶々はいなかったと思う。


2019年9月12日木曜日

なんだか気分がいい理由

 前回、奇跡のような1日について書いたのだけれど、それには少し理由があったのかもしれない、と後になって思いました。

 それというのも、とある「V.log」を見たことがなんとなく影響しているような気がして。そもそも「V.log」って知っています?わたしは言葉だけ知っていて、観たのはごく最近。「V.log」=「ブイログ」は「Videoビデオ」と「Blogブログ」を合わせた造語で、テキストベースのブログに対して、動画で投稿する日記のことをブイログっていうんだそうです。
 わたしが観たそれは「お掃除がしたくなるvlog」というものでした。たまたまyoutubeのホーム画面に上がってきたので観てみたら、本当にまんまとお掃除がしたくなっちゃって、おまけにその後半には、お掃除をして暮らしをととのえた先には、小さな子供とのこんなに素晴らしい時間が待っているんだよ、と言わんばかりの投稿者の方とお子さんとの素敵な映像が収められていたのです。
 
 なにこれ、すごい!しかも映像の流れがやたらと心地よくて、観ているだけで癒される!と、立て続けに同じ方のV.logをいくつも観て、わたしは完全にその世界に感化されてゆきました。
 そして、映像と同じようにスプレーボトルを持ち出してきて、ガス台も、ダイニングテーブルの上も、棚やレンジの上も拭いて、たまっていたがらくたを捨てたら、台所は見違えるようにすっきりしたのでした。
 
 とまぁそういう一連の流れが実はありまして、それで気分がとても良くなったから、溜め込んでいたストレスも軽くなって、子供たちにも優しくできたのかも。そして子供はおもしろいように親の心を映す鏡のような存在だから、親が穏やかにしているだけで子供の心もずいぶん落ち着くもので、そういうのが影響してあの奇跡の1日は出来上がったのだろうと思ったのです。ちなみに、その次の日も、そのまた次の日も、同じように穏やかに過ぎています。
 
 奇跡と思っていたのは必然だったのかも?と思いつつ、でも今までも同じように色々と試行錯誤してきて、良くなったり、また元に戻ってしまったりして、わたしの心も同じように浮いたり沈んだりを繰り返してきたので、今回もそういうものなのかも、、、とは思うけれど、でも!とりあえずお掃除はもう少し続けてみたいと思うし、今までの積み重ねでわたしのお掃除の腕は10年前よりは確実に上がっているので、少しずつでも前進しているなら、保っていこうと思うわけです。

 というわけで、わたしが見たV.logをリンクしておきます。
 読んでくださった方にも、奇跡の時間が生まれますように!
(you tubeのサブタイトルの設定を日本語にしておくと、日本語字幕で見られます。
 この解説がまた、ぐっとくる!)

2019年5月1日水曜日

深呼吸の途中

子育てに悩まない親なんていないと思うけど、
どうしても自分はだめだ、、、と思わずにいられない。

実はこの2年、つまり下の子が生まれてから、半年に一度のペースで頭痛と発熱と嘔吐で身動きが取れなくなるという謎の症状に襲われておりました。


最初に症状が出たのは夏だったので「食当たりか?」と思っていたけれど、そうでもないらしい。
次は冬で「ノロか?」と思ったけれど、やっぱり違う。(他の家族はピンピンしていたし)
それが次の夏も、次の冬も同じようにきて、その前2〜3週間は毎日頭痛が続くというオプションまで付いてくるようになった。
昨年末にたおれた時は、「脳がショートする」ってこんな感じか〜、というような、まさに色んなことの許容量を超えたんだなぁという変な実感があった、笑


そしたらこの春、夏を待たずにもう頭痛の波が襲ってきてしまった。
胃もムカムカするし、これはやばい、また動けなくなる、、、
というわけで急いで、信頼する整体師さんを訪ねたら、あっという間に頭痛も、その他の身体の痛みも、きれいに消えた。
あっけないほどに。


でも先生は「こんなに疲れが出ているのに、身体の歪み自体は案外すんなりと戻るのはなぜだろう?何かまだ原因がありそうですね」と。
それで5回ほど通ったところで「どうやら胸の周りがとても硬くなっていますね。
ここら辺というのは、ストレスが原因になることが多いんです。
何か長期にわたる精神的な抑圧とか、、、」

そういうわけなのでした。


二人目が生まれて、突然始まった上の子のひどい赤ちゃん返りに戸惑うまもなく、我が家はワンオペだったのでとにかくひとりで二人の子供の世話をするのに毎日必死で、1日が終わっても明日に希望も持てず、毎日泣いたり怒ったりしながら(私が)、そうやって2年間脇目もふらずやっていたら、自分という人間をいつの間にか見失っていたのでした。

ブログやインスタを見てくれている人からは
「いつも丁寧に暮らしているね」「朝ごはんちゃんと作ってえらいね」
とか言われるけれど、家の洗濯物は毎日干しっぱなし、積み重ねっぱなしだし、カップラーメン食べてるところもインスタに載せてるよ笑。
でもいつも手作りのお弁当やおやつが載ってるでしょ、と思われるかもしれないけれど、私は「想像すること、作ること」をしないとそれこそほんとうに生きていけないのです。
それに気づいたのも、こうなってからのことだけれど。
楽しいことを想像する、おいしいご飯を作る、本を読む、何かを書く、子どもの服を縫う、ライブを観る、、、そういうことが心の栄養になって、明日も前をむいて生きられる。
それでもこの二年間は、それを楽しむ気力もないことがほとんどでした。


私にとってSNSは、なかなか会えない友人との小さなコミュニケーションツールであり、加えて自分の想像と創作を記録できる場所であって、別に「どやっ!」といいたいわけではなく(特にこのブログのフォロワーなんて友人数名しかいないし、ましてtumblerなんて自分しか見てないと思うので、どやッと言ったところで何も起こらない)、でも何か作ったり想像したりしないと自分が自分でなくなってしまうのです。
自分らしく生きられないのは本当に辛い。


心が疲れるのは、身体が疲れるのとはまるで違う苦しさがあり、自分でもそれになんとなく気付きながらもどうすることもできなかったのが本当のところでした。
やりたいことがあるのに、できない、する気力も体力もない。
それは私にとって本当に辛いことだったのです。

ワンオペ育児なんて、周りのお母さんたちもみんなやっていることだから、自分にもできるはず。
そうやって思って頑張っていたけれど、やっぱり私にはむりだった。
「おかあさん」になりきれない。
でもみんなそうなのかな?
みんな、本当の自分と、おかあさんの自分のはざまで揺れているのかもしれない。


自分らしく母親をやることってそんなに難しいことなのか、
あるいは、とても簡単なことなのか。
それはやってみた人にしかわからないことだと思うけれど、
私は本当に不器用で、一つのことしかできないのです。


でも、このままでは子供に良い影響があるわけがない。
子供のためにも私がまず自分らしさを取り戻して、元気にならなくては。


というわけで、できないできないの私からもうさよならしなくてはいけないと思いました。

今年度は夫が職場で最後のチャンスの「育児時短制度」を使ってくれたし(子供が3歳になるまでしか使えないらしい)、ちょっとゆとりを持って、自分の心を解放したい。


子どもたちよ、そんな母をどうかどうか、受け入れてね。









2018年11月15日木曜日

不調のさなかで

朝活で毎日絶好調!から一転。
ここ1、2週間、何をしてもすべてが裏目に出て空回り、というのが続いていて、絶不調。
やかんを火にかけたまま出かけてしまい、帰ってきたら焦げる寸前だったり、急いでいて近道しようとしたら遠回りだったり、端から見たら些細なことなのかもしれないけれど、そんなことが重なって重なって、結構落ち込む。

そしてそんないらいらは、すぐ子供へむかってしまう。



「おこった おかあさん」3歳のむすめが描いた絵。。。
そう、この絵の前にかなりきつく叱ったのでした。



3歳になってから、むすめは下の子に手を出すようになって、押して転ばせたり、私の見ていないところでこっそり叩いていたりもする。
それで下の子がちょっとした台から落ちた(落とされた)ことが何度かあって、そんな時に自分の気持ちも下向きだと、ついきつく叱ってしまう。
もちろん、むすめは3歳になって逆に下の子のお世話も良くしてくれるようになったけれど。気分によりけり。

上の子から下の子への暴力は、どうしたらいいのか対処の仕方に悩み中。
言って聞かせるしかないのだろうけれど、日に何度もやるのでうんざりしてしまう。
家にもう一人大人がいてくれたらいいのに、と毎日思っている。






部屋にこもっていると悶々とするので、最近は娘が幼稚園から帰ったら、庭仕事。
子供たちを遊ばせるようにしてうまくごまかしながら、庭木の剪定に、草ひき、花を植えたりも。


余裕のある時はマフィンを焼いて庭でおやつにしたり。




子供はおもちゃがなくたって楽しく遊べる(むしろないほうが、けんかがなくてよい)。
できるだけ自由に遊んでほしいけど、つい、「わー、汚れるからやめて!」と反射的に言ってしまう私。
憧れるレイチェル・カーソンの子育てにはまだまだ遠いなぁ。。。



いらいらしている時、ものごとがうまくいかない時は、とにかく家の中を掃除することにしている。
いつも見えるところを掃除するのはもちろん、引き出しや押入れを整理したり、普段見て見ぬふりをしている隅っこの埃を拭いてみたり。
部屋を片付けると目に入る情報もシンプルで頭もすっきりするし、
少しだけ心も身体も軽くなる気がする。

休むのと、動くのと。
静と動をうまく使いこなして自分と付き合っていきたいな。
子供に被害が及ばないように、、、(猛省)。


2018年8月7日火曜日

夏祭りとちかごろの食べ物と幸福度の話

今年の暑さは異常だ、、、
私もまんまと体調を崩しました。


なんとか立て直したところで毎年恒例の地元の夏祭りへ。
(そういえば去年の今頃はストレスで体調を崩していたっけな。。。)


今年は幼稚園のお友達に会ったりもして楽しめた様子の娘。
初めての輪投げにも挑戦して、おじさんに輪を入れてもらう(地元の祭りならではのユルさ)。
私は夫のビールを買いに行って、おじさんに一本おまけしてもらう(地元の祭りならではのユルさ)。



今年こそ踊り保存会に入りたい!





さて、最近やっと、少しだけ、料理熱が戻ってきました。


退屈しのぎに娘と一緒にパンケーキを焼いてアメリカンなブランチ。




ある日のお弁当、
夫は豚肉と夏野菜のカレー炒め、自家製コロッケ、青のり入り卵焼き。
娘はサンドイッチ2種(卵、ハムチーズきゅうり)、唐揚げ、ミニトマト、桃のゼリー。
娘は週2くらいで夏休み預かりへ行っているので、その日は弁当持ち。






娘の弁当用に桃のゼリーを。
バニラたっぷりでちょっと甘すぎた





また天然酵母研究中。
食べ終わったぶどうの皮で起こした酵母で焼いた、なんでもないパン。





1歳を過ぎた息子を連れての外食がそろそろ大変になってきたので、
家食のモチベーションを上げるために雑誌で見た北海道の餃子をお取り寄せ。
北海道からやってきた「ぎょうざの宝永」のスタンダードぎょうざ。
厚めの皮がもっちり、ニンニクがガツンと効いて美味しかった!
まとめ買いしたので冷凍庫にまだある❤︎
 ご飯作るのがしんどいことってよくあるから、こういう楽しみがないとね。

以前聞いた話だけど、幸福度というのは物事を自分で選択できるかどうかというのが重要らしい。
「外食させてもらえないから」と他者のせいにするのではなく、
「おいしい餃子が食べたい」と自分で選択すれば、同じことなのに後者の方が断然ハッピーになる。

子育てって他者(子供)に振り回されてばかりだから余計に疲れるのかもね。
だから子供を預けたりして自分のペースを取り戻すことが幸福度を上げることにもつながるんだと思う。





今日は「サンドイッチサンドイッチ」の本を読んでいた娘に催促されて、一緒にサンドイッチ作り。
はさむ具がハムとチーズしかなかったので、ぬか漬けきゅうりとミニトマトもお供に。

今日は晩ご飯も一緒に支度をした。
今夜のメニューはご飯、味噌汁、冷やっこ、鯖の干物。ぬか漬けは品切れ。
普段の夕飯はおにぎりと豆腐とぬか漬けだけってことが少なくないので、今日は豪華なほう(笑)。

娘はちかごろ好き嫌いがますます激しくなってきて、葉物はお好み焼きに入っているキャベツ以外一切食べなかったり、それでいて肉ばかり食べようとしたり、食わず嫌いもあればちょびっと食べただけでもういらないと言ったりで私は内心穏やかでいられないことも多い。

最近主に食べているのは主食に加えて娘の好きなきゅうりのぬか漬けと味噌汁(星の形の麩とワカメ入り)、少しの季節野菜(今ならとうもろこしとかぼちゃとミニトマトくらいだけど、これも食べたり食べなかったり)、あとは卵、豆腐、納豆の繰り返しで、まぁこの辺を食べていてくれればいいかと自分に言い聞かせている。
品目はだいたいいつも同じになるけれど、発酵食品、大豆、緑黄色野菜、海のものと山のもの、全部入っているからいいや。笑






娘の画力が最近急に上がった。
「おかあさん描いてあげるね」だって❤︎
まつ毛描いてるの初めて見た!
化粧してるとこ見てるからかなぁ?まつ毛付けてくれてありがとう笑




これはいつもノーテンキな息子。



さて夏休みもそろそろ折り返しかな。
早く雨降るといいな(庭がピンチ)。
お盆過ぎると少しは暑さも和らぐといいな(車のエアコンが不調でピンチ)。

身体にはじゅうぶん気をつけましょうね。

2018年6月24日日曜日

お母さんも、にちようび

今日は日中お母さんをお休みして、一人で出かけることに。


「おとーさんと待ってるね!」とムスメ。


写真はないのだけど、最初に行ったのは隣町の呉服屋さんの浴衣展示会。
行ってみたかったお店なのに、いつも疲れていて精神力がないので「どうせ買えないから行ってもしょうがないか〜」と、勝手に諦めていたが(相当疲れているww)、今日は「行くだけ行ってみよう!」と思い、行ってみたら、とても気さくなご主人と話が盛り上がり、なんだかとても良い繋がりができた!
流れを変えるのは、いつも自分次第なのだなぁ。





そして昼は移転復活した(結構前だけども)8カフェさんでドリアランチ!




実はここ数年、カフェから遠ざかっていた。
オシャレっぽい雰囲気ばかり気になってどうも集中できないから笑。
かといって、通ぶってレトロな喫茶店に行くのにもちょっとまだ自分には早い気がして。
(喫茶店はおばあちゃんになってから、少なくとも、マダムになってからでないと似合わない気がする、、、と、どうでもいい余談)

でも久しぶりの8カフェは、
ご飯がおいしくて、読み物が充実していて、席もゆったり。
まさしく私好みのお店であった。
そうだ、8カフェは、移転する前もこうだった。
全体的な「カフェ」というもののイメージを自分で作って、いつの間にか自ら遠ざけていただけだったらしい。
こういうの、損だなー
カフェだって喫茶店だってなんだって、いいお店は良いよね。






お店にあった昔のクウネルを読んで、改めて、やっぱりモーレツに良い。
ディック・ブルーナの言葉、大切に覚えておこう。




半日くらいだったけれど、なんだか久しぶりに気兼ねなく一人で遊んで、めちゃくちゃリフレッシュした。
もう、とてつもなくリフレッシュした。
最近すっかり自暴自棄になっていてネガティブな考えしかできない状態だったけれど、
もう、誰のせいにもせず、なんだってできるような気さえする(笑

リフレッシュって本当に大事だ、、、。




帰ったら、息子がトイレの手洗い場で水びちゃびちゃになって遊んでも、全く気にならない(笑
床を雑巾がけできて、きれいになった!と、無理なく本気で思える。






晩ごはんは簡単に、冷たいうどん、おにぎり2種(納豆ふりかけ、塩昆布)、たたききゅうりの塩昆布和え、茄子の糠漬け。

昼間に子供達の相手を思い切りやった夫は夕方から解放!
一人でラーメン屋と散髪へ。
子供たちもまんまと6時半に就寝。

100点満点の日曜日。

ちゃんと休むのって意外と難しい。
休んでいるつもりでも、心が解放されていなかったりするから。
今日のように、心から自由になれるように、気持ちを解放することが大事なんだな。



2018年3月3日土曜日

こどもとおでかけ失敗の巻、からの復活まで。

今日は午後から子供ふたり連れて、行きたかった展示へ!


あべ弘士さんの、どうぶつ世界旅行!

フライヤーに「はじめての展覧会でも安心、小さなお子さまと一緒に楽しむ展覧会」
と書いてあったので、下の子をおんぶ、上の子はベビーカーに乗せて(歩けるけど歩きたくないお年頃なので)、出陣。




一階のアトリウムにどーんとあった、かわいいフラミンゴたち!



...しかし娘はというと、展示室に入っても迫力ある動物たちの絵に全くキョーミ無し、
ベビーカーにふんぞり返って、「もう出る、もう出る!」の一点張り。
最後の方に親子で座って見られる絨毯のリラックススペースがあって、クッションが置いてあったりテレビ画面で絵本が見られるようになっていたりしたけれど、それにも全く無関心。
私は最初と最後だけ駆け足で見て、おしまい。
あーあ、とがっかりしながら、エレベーターに乗って施設内の市立図書館へ。
児童書のコーナーへ行ったはいいが、赤ちゃんを抱っこ紐から降ろしてあげたいのに、そこへ行こうにも娘が全くついて来てくれず(当たり前か、、)、好き勝手走り回って結局下の子はずっとおんぶのまま。


もう一つの目的であった紙芝居の読み聞かせまでまだまだ時間があったし、下の子はお腹も空いてくる時間だから、何か食べさせたいなと思っても、どこも飲食禁止。
持ってきたおやつをちょっと食べさせるような場所も見つからない。
仕方がないので館内にある席数の少ないカフェに入ったはいいが、すっかりひねくれモードになってしまった娘が大声で泣き出し、急いで退陣。
アトリウムで遊ばせていたら、無料コンサート中だったために、子供が騒がないようにと書いてある。
じゃどこへ行けばいいのさ。
春日井市よ、子育て支援をしてるって言うなら、この中心施設からなんとかするべきでしょう。
ただでさえ外出の難しい、小さい子を抱えた親たちを、さらに家に籠らせないでほしい。
あそこへ行けばなんとかなる、行政に頼れば助けてもらえるって、思わせてほしい。
そうすれば防げる事件はいっぱいあると思うけどなぁ。





結局下の子にはお茶少しとボーロ3つしか食べさせることができず、泣いている娘にも満足なフォローなど全くしてやれず、私まで泣きそうなメンタルで、再び図書館へ。
読み聞かせには間に合ったものの、娘がまたもやベビーカーから降りないので、読み聞かせのための小部屋に入ることもできず、外から覗くだけでおしまい。

もうすっかり疲れてしまって車に乗ったら、カーステからNorah Jonesが流れて、家に帰ったような安心感に包まれる。
と同時に、今までいた施設がすごくアウェイだったことをひしひしと感じる。。。
すると娘が、「としょかん、むずかしかった」と言って、わーわーと大きな声で泣きだした。
すごく無理させていたんだなぁと、わかってはいたけれど、改めて大反省。
でも自分のモヤモヤもなかなか消化できず、家に帰っても機嫌の悪い娘にイライラが募ってしまう。


夕ご飯を作る気力なんてもちろんなく、冷食のお好み焼きを温めるのすらもう面倒で(しかも自分はお好み焼きの気分じゃなかったし)、思い切ってピザを注文することに!
娘は偏食真っ只中なので、彼女の食べそうなトッピングを選ぶということは最早諦めて、自分の食べたいピザと、娘が必ず食べるポテト、それにペプシを注文。
ピンポーンとピザが届いたのをきっかけに気持ちを切り替えて、
「ピザが届いたぞー!」と明るい調子で言ってみると、娘も嬉しそう、いい感じに向いてきた!
娘が観たいと言った「長くつ下のピッピ」のDVDを観ながら、好き勝手に晩ごはん。
娘は案の定ポテトにしか手をつけなかったが(しかもケチャップをたーっぷりつけて!)、気にしない!




私の気持ちも娘の気持ちもすっかり晴れて、娘をぎゅーーーっと抱きしめて、3人で仲良く風呂に入り(と言っても、娘が途中で眠いと言って再びぐずりだしたので、私は子供に合わせたぬるい風呂に1分浸かっただけで出なければならなかったがな)、うまいこと二人ともを20時前に寝かせることに成功!!
終わりよければすべてよし!


でも今日の反省は覚えておこう。
「自分の趣味に家族を巻き込まない」。
外出は少なからず子供にとってもストレスだ、と、すくすく子育てでも言っていた(めっちゃ見てる)。
親が思う「子供のため」っていうのは、押し付けだよね。。。

展示は、娘が一時保育に行った時リベンジしてやる!(なんてったって「子育てリピーター特典」で、二回目以降の入場は無料だからね!)





下の子は相変わらずいつも通りのマイペースでのんびり過ごしていたのでした。
ノーテンキっぷりが和ませてくれる、、、