子育てに悩まない親なんていないと思うけど、
どうしても自分はだめだ、、、と思わずにいられない。
実はこの2年、つまり下の子が生まれてから、半年に一度のペースで頭痛と発熱と嘔吐で身動きが取れなくなるという謎の症状に襲われておりました。
最初に症状が出たのは夏だったので「食当たりか?」と思っていたけれど、そうでもないらしい。
次は冬で「ノロか?」と思ったけれど、やっぱり違う。(他の家族はピンピンしていたし)
それが次の夏も、次の冬も同じようにきて、その前2〜3週間は毎日頭痛が続くというオプションまで付いてくるようになった。
昨年末にたおれた時は、「脳がショートする」ってこんな感じか〜、というような、まさに色んなことの許容量を超えたんだなぁという変な実感があった、笑
そしたらこの春、夏を待たずにもう頭痛の波が襲ってきてしまった。
胃もムカムカするし、これはやばい、また動けなくなる、、、
というわけで急いで、信頼する整体師さんを訪ねたら、あっという間に頭痛も、その他の身体の痛みも、きれいに消えた。
あっけないほどに。
でも先生は「こんなに疲れが出ているのに、身体の歪み自体は案外すんなりと戻るのはなぜだろう?何かまだ原因がありそうですね」と。
それで5回ほど通ったところで「どうやら胸の周りがとても硬くなっていますね。
ここら辺というのは、ストレスが原因になることが多いんです。
何か長期にわたる精神的な抑圧とか、、、」
そういうわけなのでした。
二人目が生まれて、突然始まった上の子のひどい赤ちゃん返りに戸惑うまもなく、我が家はワンオペだったのでとにかくひとりで二人の子供の世話をするのに毎日必死で、1日が終わっても明日に希望も持てず、毎日泣いたり怒ったりしながら(私が)、そうやって2年間脇目もふらずやっていたら、自分という人間をいつの間にか見失っていたのでした。
ブログやインスタを見てくれている人からは
「いつも丁寧に暮らしているね」「朝ごはんちゃんと作ってえらいね」
とか言われるけれど、家の洗濯物は毎日干しっぱなし、積み重ねっぱなしだし、カップラーメン食べてるところもインスタに載せてるよ笑。
でもいつも手作りのお弁当やおやつが載ってるでしょ、と思われるかもしれないけれど、私は「想像すること、作ること」をしないとそれこそほんとうに生きていけないのです。
それに気づいたのも、こうなってからのことだけれど。
楽しいことを想像する、おいしいご飯を作る、本を読む、何かを書く、子どもの服を縫う、ライブを観る、、、そういうことが心の栄養になって、明日も前をむいて生きられる。
それでもこの二年間は、それを楽しむ気力もないことがほとんどでした。
私にとってSNSは、なかなか会えない友人との小さなコミュニケーションツールであり、加えて自分の想像と創作を記録できる場所であって、別に「どやっ!」といいたいわけではなく(特にこのブログのフォロワーなんて友人数名しかいないし、ましてtumblerなんて自分しか見てないと思うので、どやッと言ったところで何も起こらない)、でも何か作ったり想像したりしないと自分が自分でなくなってしまうのです。
自分らしく生きられないのは本当に辛い。
心が疲れるのは、身体が疲れるのとはまるで違う苦しさがあり、自分でもそれになんとなく気付きながらもどうすることもできなかったのが本当のところでした。
やりたいことがあるのに、できない、する気力も体力もない。
それは私にとって本当に辛いことだったのです。
ワンオペ育児なんて、周りのお母さんたちもみんなやっていることだから、自分にもできるはず。
そうやって思って頑張っていたけれど、やっぱり私にはむりだった。
「おかあさん」になりきれない。
でもみんなそうなのかな?
みんな、本当の自分と、おかあさんの自分のはざまで揺れているのかもしれない。
自分らしく母親をやることってそんなに難しいことなのか、
あるいは、とても簡単なことなのか。
それはやってみた人にしかわからないことだと思うけれど、
私は本当に不器用で、一つのことしかできないのです。
でも、このままでは子供に良い影響があるわけがない。
子供のためにも私がまず自分らしさを取り戻して、元気にならなくては。
というわけで、できないできないの私からもうさよならしなくてはいけないと思いました。
今年度は夫が職場で最後のチャンスの「育児時短制度」を使ってくれたし(子供が3歳になるまでしか使えないらしい)、ちょっとゆとりを持って、自分の心を解放したい。
子どもたちよ、そんな母をどうかどうか、受け入れてね。